エルズベルグロデオは過去取材で8回来ているが、今年ほどエルズベルグがいかに残酷か思い知らされたことは無い。百聞は一見にしかずと言うが、聞くのも、見るのも、体験するのも、すべて深さによってその理解度は変わる。カールズダイナーの中、手を伸ばせば届くところを走る藤原慎也がいつもの調子では無く、何か別の人が乗り移ったかのような雰囲気で命の灯火をかすかに守っているかのような、そんな辛さが伝わってきた。飛び石が直撃した右目の下は大きく腫れていて、人相まで違っていたから余計だったのかもしれない。傷跡からは血が止まらずに流れていて、いかにも右目は見えていなそうだったし、どこをケガしているのかまだ情報を得ていない僕は目を岩が直撃したのだと思い「また目か…※」とげんなりした。何度も何度も田中太一やトップライダーが走りきっているにも関わらず、こんなところを人間がバイクで走りきれるわけがないだろうとも思った。なんてカトー(主催者)は残酷なんだと思った。「カールズダイナーからがエルズベルグロデオのスタートラインだ」と言い続けてきた僕も、何も分かっちゃいなかったんだ
※2013年のエルズベルグロデオに参戦した水上泰佑はスタート直後に目に岩がヒット、あやうく失明しかけた
1年の成果が発揮される大会
石戸谷蓮にとってエルズベルグロデオは30代の最も脂の乗った時期をかけた大勝負だ。主宰するレースシリーズのクロスミッションは、元々エルズベルグロデオに参戦する資金を生み出すための手段だったし、今も石戸谷はその後成長し続けたクロスミッションやアドベンチャーラリーの利益をエルズベルグにベットし続けている。しかし、2022年の挑戦で石戸谷は完走の可能性を見いだせなくなった、と告白した。レースが終わった翌日の朝、ホテルのレストランで録ったインタビューだった。
「今年(2022年)は渋滞もなくて、運ではなくスキルが成績に反映されました。自分が生まれ変わらないと完走は無理だな、って思っています。今回の結果が127位なので、世界のトップ100までに入ってやりたいなという欲も出てきています。本当に最後の挑戦のつもりでしたが、今は挑戦を続けたいんです」
エルズベルグを完走するということは、世界のハードエンデューロでシングルランクに入ることとほとんど同義だ。ハードエンデューロ世界選手権の1戦であり、完走者は10名足らず。自分自身が年々成長しているとはいえ、あまりにそのハードルは高い。今年2024年は、石戸谷にとって5回目の挑戦。当初、5カ年で完走を目指すと公言していたこともあって、節目の年だった。石戸谷は、今年こそこの鉱山にケリをつけるつもりで臨んでいた。今年こそ、最後だと。ところが決勝では過去最悪の結果に。開始早々に水没してしまったのだった。
「普通水たまりって、中央に寄っていくにつれて深くなって、縁は浅いものじゃないですか。俺が通ったのは縁で、まさかそんなに深いとは思わなかったんですよ」
そもそもエルズベルグはほとんど水と無縁で水没など想定することはない。
「その場でできることはやりました。バイクを立てて(編注:垂直ウイリーした状態)チャンバーやサイレンサーから水を抜きました。工具類は持っていないからプラグは外せないのですが、エンジンから水を抜いて一発でもプラグに火が飛べばかかると信じていました。そうこうするうちにバッテリーがあがってしまい、観客にも手伝ってもらって押しがけしてもらいましたがそれでもダメで。そこから1時間かけてパドックに戻りました。その時点ではまだ諦めていなかったんですが、パドックには盗難防止で工具は一切残っていなかったんですよ。他のライダーのパドックもすべて空。観客に聞いてももちろん工具持ってなくて、詰んだな……と思いました。ここまででレースのスタートから90分くらい。そうこうしているうちに、アリーナ(レースの大会本部などがある広場)のオーロラビジョンでマニュエル・リッテンビヒラーがそろそろ完走することがわかり、俺のエルズベルグは終わったんです。レース終盤には、序盤で使ったルートを逆走するんですよ。だからそこを越えていないライダーは、自動的にもう排除されてしまう」
石戸谷はゆっくり、一言一言噛みしめるように口を開く。
「水没してパドックにバイクを押して戻っているとき、これまでにない喪失感というか、悲壮感というか……。望みをかけて戻ってはいるんですが。
実力を出し切ったなと思えたら、それでやめようと思ってました。でも、これノーカウントでしょ?」と石戸谷は言う。ここまで来たら、もうやめどきはわからなくなっているのかもしれない。いろんな意味で、エルズベルグは魔の山である。「エルズベルグで毎年成長している実感を得られるんですよ。やめられない」
目の前までやってきたドリームチケット、ルーキー吉良祐哉が見たエルズベルグ
吉良祐哉をエルズベルグ参戦に誘ったのは藤原慎也だったそうだ。「ビバーク大阪がエルズベルグに来ているうちは、参戦も難しくないから。下見のつもりで来たらいいよ」と。2015年にトライアルIASクラスデビュー、2020年はランキング8位と日本トライアル界のランカーとして活躍してきたライダーである。昨年からカワサキのトレールバイクKLX230を使った神業を披露する映像が好評を博し、“ミスターKLX”として名をあげた。日本のハードエンデューロにも進んで参加しており、2023年G-NETでは最多優勝を獲得した選手でもある。
空手でエルズベルグに訪れた吉良が目を付けたのは、トライアルエクストリームチャレンジというサブコンテンツだった。エルズベルグは、予選に位置づけられるアイアンロードと、決勝のレッドブルヘアスクアンブルの2コンテンツを柱としているのだが、昔から様々なサブコンテンツを用意して観客やライダーを楽しませている。特にこの吉良のチャレンジしたトライアルエクストリームチャレンジは、1位のライダーが決勝スタート順1列目の権利を得られるという飛び級制度があるため、参加者の中にはトライアル世界選手権やハードエンデューロのトップランカーが混じっており、サブコンテンツとは言え熾烈な戦いだった。トーナメント戦を一つずつ生き残っていった吉良は、ついにファイナルまで進出。「これは……スタートで出たライダーが圧倒的に有利ですね。かましてやりますよ」と意気込む。
映像の通り、このトライアルエクストリームチャレンジはミニエンデューロクロスのようなもので、いわばトライアル会場を使ったスピード競技。2番手でスタートした吉良は、前を行くフロリアン・ガイゼンフェーファーを追いかけるが、安定してミスがないガイゼンフェーファーに追いつくことができず2位でフィニッシュ。全5周のレースのところ、吉良は勘違いして4周で一旦フィニッシュと勘違いしてしまうオチもついている。ともかく、このドリームチケットを手に入れれば1列目の権利を得られたのだ。なお、優勝したガイゼンフェーファーは本戦でカールズダイナーを突破してCP14まで到達、59位である。
初のアイアンロードでうまく結果に繋げることができず、吉良は6列目(#282)からのスタート。相当苦しい決勝が想定されたが、渋滞を駆け抜けてCP9にあるセクション、クロッシングでレースを終え、132位のリザルトがついている。実際にはカールズダイナーライトと呼ばれるセクションの序盤でタイムアウトであった。
「完走を目標にしていたので結果は振るわなかったのですが、手応えとしては予想以上にありました。スピード面に関しては自分の準備ができていなくて当然かなと。ただトライアル的なスキルで言うと自分が思っていたより通用するなと感じました。ハードエンデューロのトップの人たちにもトライアルスキルでは負けていないと。その辺りが自信に繋がりましたね。来年は結構いけるんじゃないかなって思っています。
タイヤはダンロップのEN91EXを使い、ムースはケゴンベルグでテストした仕様で臨みました。ムースにはとても気を遣って、日本の国内で何本も用意してセッティングを変えてみたんです。しかし、ケゴンベルグでは渋滞に捕まらなかったのでいい具合にタイヤに熱が入って柔らかくなったんですが、エルズベルグでは渋滞のせいで熱が入るほど走ることが出来ず、全然グリップしなかったんですよ。その辺も今後に活かせるいいデータが取れましたね。
カールズダイナーを走ってみて思ったのは、上手なトップライダーの後ろを走れるとすればついていけるのではないかということです。僕が入った時は下位のライダーばかりでラインを塞がれてしまっていましたが、もし1列目でスタートできて、上手なライダーのラインを盗むことができればまったく同じように走れると思うんです。
今年はノーカウントとして、エルズベルグロデオには3年をかけて挑みたいと思っています。来年完走、3年で優勝を目指しますよ」と意気込む。
同じくエルズベルグルーキーの大神智樹もCP9クロッシングを越えてカールズダイナーライト入り。201位でリザルトを残している。
「エンデューロGPに参戦した時も、5カ年計画を立てて完走してポイントを取るところまで達成できました。今回はとりあえず参戦したエルズベルグロデオでしたが、想いを新たに5カ年で完走を目指したいと思っています。
CP9まで行きましたけど、渋滞に引っかかってなかなか抜け出せなかったんですね。ヒルクライムが苦手な僕でもそこまで行けたので、現地の地形やセクションをよく知れば、抜け道を知って楽になっていくだろうとも思います。完走できるなっていう感覚はあります。今取り組んでいることを、エルズベルグロデオに全振りしていけば、チャンスはあるだろうなと。予選も3列目には入れるのではと思いました。結果的に6列目でしたが、スモッグで視界が奪われるまでは蓮くんと同じペースで走れていたことを確認しています」と言う。鬼門であるカールズダイナーも、サッカーのキーパーで国体にまで出た経験があり、日本のエンデューロライダーの中でもフィジカルに恵まれた大神であれば、もしかするとスプリント的に短時間で越えることもできるのかもしれない。「今自分に足りないのはクレイジーな部分。凶人的な部分ですね。多少ダーティな走り方をしなくてはいけないかもしれません」
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