全日本ハードエンデューロ選手権G-NET2023
第2戦 HINO HARD ENDURO 春の陣
日程:2023年4月16日(日)
場所:群馬県日野カントリーオフロードランド
全日本ハードエンデューロ選手権G-NETの第2戦が群馬県日野カントリーオフロードランドにて開催された。開幕戦ケゴンベルグで優勝を飾った藤原慎也が不在の今大会では、チャンピオン山田礼人と、初優勝を狙うライダーたちのバトルに注目が集まった
日本のハードエンデューロを牽引する
HINO HARD ENDURO
田中太一がエルズベルグロデオへの参戦を終了したのが2014年。それからもエルズベルグロデオをはじめTKO、ルーマニアクス、Sea To Sky、ルーフ・オブ・アフリカ……ハードエンデューロ世界選手権に名を連ねる大会や、それと同等レベルの大会に、何人もの日本人が挑んできた。が、その最高峰クラスを完走できたのは森耕輔(2017年/ルーフ・オブ・アフリカ)ただ一人。
トライアルIA以上のテクニック、モトクロスIB以上のスピード、そしてG-NET黒ゼッケン以上のタフネス。その全てを持っていても到達できるかわからないのが、世界選手権の完走なのだと思う。近年では目に見えて日本のハードエンデューロの競技人口は増加し、それとともにライダーのスキル、コースの難易度も向上している。韓国や台湾をはじめ海外との交流も盛んになり、世界に向けて少しづつではあるが確実に距離を縮めてきているはずだ。
全日本ハードエンデューロ選手権G-NETは日本各地で開催されるハードエンデューロレースと「併催」という形でシリーズを形成しており、G-NETだけのレースというものは存在しない。実はこれはFIMハードエンデューロ世界選手権も同様であり、レースによってその難易度やフォーマットは異なっている。HINO HARD ENDUROはG-NET戦の中でも1、2を争う難コースが用意されることで知られており、日本のハードエンデューロライダーのレベルを底上げする役割を担っていると言える。
コースは昨年の秋に初めて採用された特別フォーマットを継続。そこまで難易度の高くないハードルート7kmを2周してから、難易度の高いGルート6kmを1周する設定。とはいえハードルートの周回地点とGルートの途中2箇所にチェックポイントが設定されており、そこまで辿り着けばリザルトは残る。
前半のハードルートでは難所をいかにスピーディーに休まず走り続けられるか、そして前列スタートのライダーや周回遅れをパスして前に出る走破力が試される。そこから続くGルートは下見が禁止された1周勝負のコースとなるため、初めて見るコースをミスせず走破するスキルだけでなく、隠されたラインを見つけ出す視野の広さや冷静さ、そしてハードエンデューロライダーとしての総合的な経験値が試される。これらは初めて出る海外レースで良い成績を残すためにとても重要なスキルと言える。
また、レース時間は日本国内で他の多くのレースが採用している180分より1時間長い、240分となっている。ルーマニアクスやルーフ・オブ・アフリカ、そして韓国サンリムエンデューロなど海外のハードエンデューロは4時間以上走るフォーマットが普通に採用されており、タフネスが試されるという意味でも日野は他のレースとは違う意味を持つ。
勝負の分かれ目はやはり昨年秋に初めて使われた最難セクション「HINO Death valley」。今回は昨年とは別の谷が、まったく異なる使い方でコースの最後に組み込まれており、勝負の分かれ目になることは間違いない。もちろん「ワイヤーマウンテン」や「壁」といったすっかりお馴染みの名セクションもライダーたちを待ち受ける。
今大会は昨年の日野ハード秋で優勝した吉良祐哉と、2022年最終戦(デッキーランド)、2023開幕戦(ケゴンベルグ)で優勝した藤原慎也という2人のトライアルIASライダーが不在。優勝候補に挙げられたのは2022年G-NETチャンピオンの山田礼人、昨年HINO Death valleyまで吉良と優勝争いを展開した森耕輔、未だG-NET優勝経験ゼロながらいつ勝ってもおかしくない実力を持った黒ゼッケンライダー、大塚正恒、原田皓太、泉谷之則。そして昨年の日野ハード秋に続いて参戦するトライアルIASでありオートレーサーの野本佳章あたりではないだろうか。
HINO HARD ENDUROは土曜日にミディアムクラス、日曜日にG-NETクラスと2デイズ開催だが、土曜日はあいにくの雨模様。ミディアムクラスではミニモトやレディースも走るためコースの難所がいくつかカットされたが、日曜日は一切コースカットなし。路面コンディション的にも精神的にもタフなレースになることが予想された。
圧倒的に飛び抜けた1周目
西川輝彦がハードルートを切り拓く
今大会も開幕戦のケゴンベルグに続き、黒ゼッケンライダーは最後尾からのスタートとなった。黒ゼッケンでこそないものの、モトクロスレジェンド・鈴木健二は本人の希望で、トライアルIAS・野本佳章はその実力を鑑みて最後尾スタートとされた。
そうなると有利なのは、黒ゼッケンではないが相応の実力を持ったライダーたちだ。今大会で言えばその筆頭は森耕輔、そしてモトクロスIAの覆面ライダーZERO、昨年ランキング10位で惜しくも黒ゼッケン入りを逃した西川輝彦、若手のホープ大津崇博、そして元黒ゼッケンの中野誠也、和泉拓らだ。
レースがスタートするとゼッケン23で前列スタートを獲得した西川が軽快に飛ばし、第1セクションの「竹藪」をトップで抜けていった。
西川に続いてZERO、森が通過。そして渋滞の中を追い上げてきたのは黒ゼッケンライダーたち。原田、ロッシ高橋、泉谷、佐々木文豊、木村吏、山田礼人、大塚の順でこの「竹藪」をクリアしていった。
ハードエンデューロでトップを走るということは、前走車がいないためラインが選び放題で一見すごく有利に思えるが、実はリスクも大きい。タイヤ跡がないため危険なラインも判断しづらいし、コースを見失うこともある。
西川は1周目の後半に用意されたヒルクライム「OK牧場」で後続を大きく引き離し独走状態を築いていた。「OK牧場」は直登ラインの他に蛇行する迂回ラインの2本が用意されたヒルクライムで、登頂後に現れる牧場のような広場からその名が付けられた。もちろんトップライダーたちは全員直登ラインでクリア。そのまま2番手のZERO、3番手の森を約4分引き離し、ハードルート2周目に突入。森からさらに1分30秒ほど遅れて原田、山田と続く展開。ところが西川はハードルート2周目序盤の藪を抜けるキャンバー「やぶキャン△」でついに捕まり、トップを明け渡すことに。
2周目後半の「DFヒル」には森、山田、西川、ZERO、原田がほぼ同時に到着。ここでは山田、西川が1周目のライダーの間を抜けるのに苦戦している隙にZERO、原田がクリア。
ハードルート2周を終えてトップでGルートに突入したのは森で、タイムは1時間14分29秒。2番手がZEROで1時間17分36秒。3番手が原田、1時間18分27秒。すぐ後ろに山田、西川と続いた。なお、若手・大津のGルート突入は1時間28分3秒でトップと10分以上の差、トライアルIAS野本はさらに後方で、1時間35分59秒。20分以上の差がついていた。
森 VS 原田、ワイヤーマウンテンのバトル
名もなき丘が行手を塞ぐ
Gルートはほぼ一本ラインの「ブラック沢」を抜けると、すぐに難所「ワイヤーマウンテン」が現れる。「ブラック沢」後の移動路で原田がZEROを抜き2番手に浮上。「ワイヤーマウンテン」はロングヒルクライムで直登はできず、中段からはバイクを降りての”押し”とフローティングターン、そしてトラクションを巧みに乗せた”助走なしからの加速”がカギとなる。
ここでは先行する森に対し、原田が猛プッシュ。7合目で森がスタックするやいなや別ラインを見つけ、パス。しかし森もすぐに復帰し、原田がミスしている間に抜き返す。何度か順位が入れ替わったあと、先に「ワイヤーマウンテン」を登頂したのは原田だった。
「ワイヤーマウンテン」を登頂した順にチェックポイント1でタイムチェックを受け、その後には「壁」や「サンバ沢」など、いくつか難所はあるものの、さほど時間はかからずに今回最大の難所「HINO Death valley」に到着する……はずだった。
ところが「壁」の前に設定されていたセクション名のない丘でトップ集団が大苦戦を強いられる。助走区間に倒木が多数放置されていて加速がつけにくいヒルクライムで、後半の路面がかなり柔らかいため、土が掘れてしまってどうにも進めなくなっていき、森、原田、山田、ZERO、西川のトップ集団が登り切る前にロッシ、木村、佐々木、鈴木、泉谷、大津、野本、久保山満生らが麓に追いついてしまう展開に。鈴木、野本は自力でクリアするも、他のライダーはここで”Help each other(お互いに助け合い)”を開始。森と原田がここまでに築いていた約20分のアドバンテージが、ほぼリセットされた形となった。
ここでハードエンデューロにおける”Help each other”について補足しておく。G-NETシリーズでは基本的にマーシャルおよび観客がライダーをヘルプする行為を禁止している。ここで言う「ヘルプ」とは「マシンに手を触れる」行為全てで、わかりやすく言うと「引っ張る」や「押す」といった手助けのこと(アドバイスや給油の手伝い、ドリンクの提供などは禁止されていない)。しかし「ライダー同士のヘルプはOK」とされている。何故かというと例えば一人のライダーが一本しかないラインを塞いで立ち往生してしまったら、後続のライダーは誰もその先に進めなくなってしまい、レースが成立しなくなってしまう。ただし、助けられたライダーが助けてくれたライダーを見捨てて先に進んでしまうのは仁義に反するということで、一方的なヘルプではなく、”Help each other(お互いに助け合い)”という精神が根付いている。これはエルズベルグロデオのような世界選手権のトップ争いの場においても同様だ。
話をレースに戻す。Gルートの後半、最後の難所「HINO Death valley」の入り口にチェックポイント2が設けられており、ここでもタイムチェックを受ける。到着した順番は原田、大津、森、野本、山田、ZERO……。「名もなき丘(便宜上このように呼ばせてもらう)」やその後のいくつかのセクションで、ハードルート2周の間に形成された順位が大きく変わり、混沌とした状態になったが、それでも原田、森は上位をキープしている。Gルート突入が大きく遅れていた大津、野本が上位に食い込んでいるのは、間違いなく「名もなき丘」の影響だろう。
時速50m!?
最後に待ち受けていたHINO Death valleyの試練
「HINO Death valley」の底に一番最初に現れたのは原田だった。実は原田はチェックポイント2では2番手の大津に9分近いリードを築いていたが、「HINO Death valley」の途中でルートミスしてコース外の沢を降りてしまい、そのリードを吐き出してしまった。この「HINO Death valley」ではコースレイアウターのこだわりとしてコーステープを最小限に留めており、ラインが選び放題である代わりにミスコースもしやすい設定となっていたのだ。実は最後の登りも真下からのアクセス以外に、キャンバーで中腹からアクセスするラインが隠されていたという。
はっきり言うとこの「HINO Death valley」、これまでG-NETで使われてきた中で最難のセクションだったと言って過言ではないだろう。ヒルクライムで最も重要なのは助走区間での加速なのだが、この「HINO Death valley」はそこがとにかくいやらしい。土質が柔らかく、土曜日の雨の影響で滑るところもあり、さらに動く石ころや木の根、枯葉が積もり、加速どころかそもそも全く進まないのだ。原田、森、そして3番手で到着した野本が順番に挑むも、全く登れないまま、ただ時間だけが過ぎていく。
気がつくと後ろには山田、ZERO、佐々木、ロッシ、西川、泉谷、久保山、大塚らが到着していた。が、最後の登りに挑む原田、森、野本の3人が全く登れないでいる状況を見て、彼らのラストバトルに水を差すことの無いよう、トライを控えたようだった。
セクションの中に一本しかラインがない場合、いかに他のライダーより早くそのラインにマシンを入れるかが勝負になる。壮絶なフロントタイヤの鍔迫り合いを制した原田が、先頭で「HINO Death valley」に挑む権利を獲得した。そうして原田、森、野本の順で登り始めたが、レース時間は刻一刻と少なくなっていった。
原田がこの「HINO Death valley」の底に辿り着いてから約1時間10分。移動したのは距離に換算するとおよそ50mというところではないだろうか……。レース開始から4時間が過ぎ去り、ここでレースは終了となった。森、野本がヘルプして最終的に原田が到達したのはおよそ5合目まで。完走者は不在となった。そうなるとレースのリザルトは「HINO Death valley」の入り口に設置されたチェックポイント2に到着した順番ということになる。
こうして原田皓太のG-NET初優勝が決定した。
原田は岡山県出身の31歳。モトクロスやトライアル、エンデューロなどのバックボーンを一切持たず、16歳で原付免許を取得するまで一切バイクに乗ったことがなかったライダーだ。18歳で大型免許を取ったが、購入したゼファーを3日で廃車にしたという、愛すべき単車バカである。そんな原田は2012年にエルズベルグロデオの動画をYouTubeで見たことがきっかけとなり、オフロードバイクに乗り始めた。
地元・岡山のオフロードバイク愛好会「八塔寺老人倶楽部」の門を叩き、弟子入り。2017年の第6戦で初めてG-NETポイントを獲得。年間ランキングは38位。2018年に自身初の海外レース・Sea To Skyに参戦。2019年ランキング23位、2020年には一気に4位までジャンプアップし、黒ゼッケンを獲得。2021年第5戦の日野では初の表彰台(2位)を獲得し、年間3位。2022年は韓国遠征も経験したが、整備中の負傷で欠場もあり、6位。
モトクロスやトライアルは幼い頃からプロを目指し、同年代の同じような環境のライダーと切磋琢磨しながら成長していくのが普通だが、エンデューロ、特にハードエンデューロには様々な出自のライダーが集まってくる。モトクロス出身のZEROや鈴木、トライアル出身の野本、ロッシ、大塚、森らを抑えて、そんな経歴の原田が頂点に立ったことは、とてつもなく大きな意味を持つ。
原田皓太
「僕のマシンはKTMの250EXC TPIなんですけど、実は先週の日曜日に練習していたらエンジンが焼きついてしまって、急遽300ccのエンジンを積んで、ぶっつけ本番で今日のレースに挑んで、結果優勝することができました。
僕はいつもスロースターターなところがあったのですが、今回は本気で優勝を狙っていたので、スタートから飛ばして順位を上げていき、1周目の『やぶキャン△』では最初は渋滞に並んでいたんですけど、ちょっと人と違うラインにチャレンジしたら、上手く抜けられて、そこからもどんどんプッシュして行きました。
ハードルート2周目の途中で森さんや礼人、ZERO、西川さんとトップ集団ができたんですけど、『ウェーブキャンバー』で周回遅れのライダーが大渋滞していて、そこでも他の人と別のラインを使って抜けることができました。
Gルートに入ったのは森さんとZEROに続いて3番手でした。下見禁止だったので、どんなセクションが出てくるのか不安でしたが、マシンの調子も良くて体力もまだまだありましたので、いつも通りに走れば抜くチャンスはあると思い、焦らずに走りました。
『ワイヤーマウンテン』でトップの森さんに追いついて、”これはいける!”と直感しました。『壁』の手前の丘では森さんと礼人に先行されちゃったんですけど、『壁』で僕が抜き返して、そこからは独走状態を築けましたね。その後の『サンバ沢』がすごく長くて、森さんも礼人もトライアルスキルが高くて沢がすごく速いのはわかっていたので、自分のペースは守りつつも頑張ってプッシュしました。
『HINO Death valley』では最初は直登を狙っていたのですが、野本選手がじわじわと進み始めたので”これはまずい”と思って、僕も作戦を切り替えてフロントタイヤをねじ込んでいきました。
これは岡山でいつも練習を見てくれている師匠の教えなのですが、”レースでは練習でやっている以上のことをしない”ということを強く意識しています。無理をしてもバイクを壊したり体力が無くなったりするので、追いつかれても追いついても”自分のペースで走る”ということを心がけていて、今日はそれがちゃんとできていたと思います。
僕はハードエンデューロを始めて8年目くらいなのですが、ずっと目標にしていたG-NETで優勝することができて、めちゃくちゃ嬉しいです。今まで生きてきて一番嬉しいかもしれないです」
大津崇博
「Gルートに入るのは少し遅くなってしまいましたが、みんなが助け合っていた『名もなき丘』でトップ集団に追いつくことができました。あそこで礼人くんがすごく良い感じに登っていったので、それをマネしたら一気に順位をあげることができました。
おかげでチェックポイント2には2番手で到着したのですが、『HINO Death valley』の途中でコースを見失ってしまい、誰もいないコース外の沢(昨年の『HINO Death valley』)をぐるぐる2周くらいして……。迷子になったことに気づいてからはせっかく良い位置を走っていたのにコースアウトで順位を落としてしまったことが悔しくて一人で落ち込んでました。それからタイムアップを迎えたので沢を下りていったら、昨年勝山さんがリタイヤした後にロープでバイクを吊りおろした危険なレベルのステア状の岩盤に出たので、そこを気合いで乗ったまま降りてパドックに帰ってきました。
結果として2位が獲れたことは嬉しいのですが、自分のミスコースで最後のセクションに挑戦できなかった悔しい気持ちの方が大きいです。次のCGC大町こそ1番上を目指します!」
森耕輔
「実は開幕戦のケゴンベルグの後半からバイクの調子が悪くて、終わった後にエンジンを開けてみたら排気バルブが壊れていたんです。今回はそこを修理してきたのでバイクがすごく調子良くて、楽しく乗ることができました。昨日の雨の影響でかなり滑りやすいところがあって、1周目のハードルートでちょっと飛ばしすぎたら派手に転んでしまい、そこからは少し冷静になって程よいペースで走りました。ハードルートでは滑りやすい路面でいかにスピードを出して走れるかと、丸太セクションをスムーズに越えられるか、というところがポイントになったと思います。
Gルートには1番で入ったのですが、ワイヤーマウンテンでラインが全然わからなくて止まっていたら原田くんが追いついてきて、そこで抜かれてしまいました。若さと体力だけでなく、海外レースで経験を積んで、瞬時にラインを読む力とか渋滞の抜け方とか、すごく上手くなっているのを感じました。最後の『HINO Death valley』では先行する原田くんを助けつつも、パスするための自分のラインを作っていて、抜くチャンスを伺っていたのですが、うまくタイミングが合いませんでしたね。
ライダーのレベルアップに合わせてG-NETもどんどんコースの難易度が上がっているのを感じます。昨日の雨の影響があったので今日のコース設定は難しかったと思いますが、ちょっと難し過ぎたのかもしれないですね。
僕は今年、5回目のルーフ・オブ・アフリカに挑戦するのですが、やっぱり若い人たちにどんどん海外レースに出てもらいたいと思います。日本の狭いエリアだけでなく、海外の色々なレースを経験することで、モチベーションや経験値を上げ、それぞれの目指すところを見つけ出して欲しいと思います。
仕事の都合で次の第3戦CGC大町に出られなくなってしまいまして、ひょっとするとその後も出られないかもしれないので、ここでしっかり勝って、良いイメージのままルーフ・オブ・アフリカに行きたかったですね」
野本佳章
「去年の秋の日野ハードで初めてエンデューロバイクに乗ってから、今日が2度目になります。バイクも全くカスタムせずに来ちゃったんですけど、スタート前に和泉拓選手が僕のフロントスプロケットが14丁なのに気づいて、ZERO選手から13丁のスプロケットを借りてくれたんです。そうしたら半クラッチを使う回数をかなり減らすことができて、前回よりもずっと楽に走ることができました。
前回はハードルートからガツガツ前に行っていたら、後半で体力がなくなっちゃったので、今回は渋滞に並んで他の人と話したりしていて、Gルートに入ったのはかなり遅かったのですが、少し体力に余裕を持って入ることができました。
『壁』の前でトップライダーの皆さんに追いついて、僕はそこで助けを借りずに登れたので、だんだんと順位を上げていくことができました。キャンバーや丸太など、トライアルテクニックを使うシーンがたくさんありましたが、やっぱりバイクが重たいので、僕の筋力じゃ全然コントロールできませんでしたね。マシン(BETA RR2T300)のパワーとタイヤ(DUNLOP EN91EX)に助けられた部分が大きかったです。
前回のレースの後に藤原慎也くんにハードエンデューロの走り方を聞いてみたら、やっぱり『トライアルのままじゃ体力持たないよ』と言われて、今回はちょっと力を抜いて走るようにしました。トライアルは1分のセクションの間ずっと100%集中してマシンをコントロールしているので、走り方を変えないと4時間も走れないんですね。
こういうレースに出てみて、マシンのセッティングや走り方を覚えて、そういうのを僕の周りで遊びで乗っているライダーにも広めていけたらいいな、と思います」
全日本ハードエンデューロ選手権、第3戦は2023年5月20日〜21日、長野県大町チャレンジフィールドにて、CGC大町と併催で行われる!